馬車の出発の歌




仮に暗黒が
永遠に地球をとらへてゐようとも
権利はいつも
目覚めているだろう、
薔薇は暗の中で
まっくろにみえるだけだ、
もし陽がいっぺんに射したら
薔薇色であったことを証明するだろう
嘆きと苦しみは我々のもので
あの人々のものではない
まして喜びや感動がどうして
あの人々のものといへるだろう、
私は暗黒を知ってゐるから
その向ふに明るみの
あることも信じてゐる
君よ、拳を打ちつけて
火を求めるような努力にさへも
大きな意義をかんじてくれ

幾千の声は
くらがりの中で叫んでゐる
空気はふるへ
窓の在りかを知る、
そこから糸口のやうに
光と勝利をひきだすことができる

徒らに薔薇の傍にあって
沈黙をしてゐるな
行為こそ希望の代名詞だ
君の感情は立派なムコだ
花嫁を迎えるために
馬車を支度しろ
いますぐ出発しろ
らっぱを突撃的に
鞭を苦しさうに
わだちの歌を高く鳴らせ。






   小熊 秀雄(おぐま ひでお)


 1901(明治34)年9月9日〜1940(昭和15)年11月20日 北海道小樽市生まれ。

 私生児としての生い立ちから小学校卒業して鰊漁のモッコ負い、イカ釣り漁師の手伝い、養鶏場の番人、炭焼きの手伝い、農夫、昆布採り、代木人夫、反物行商、パルプ工場の職工などを転々とした後、旭川新聞記者。上京して詩作の道に入り、貧困の中、肺結核で死去(39歳)。

 詩集『小熊秀雄詩集』(思潮社)『小熊秀雄全集』(創樹社)など。

※この略歴は、『小熊秀雄全集(第5巻)』と『小熊秀雄 青馬の大きな感覚』(高野斗志美 花神社)を参考にさせていただきました。