白い花 赤い実

 風が吹いていて 陽の光を斜めに削いで駆け抜けるので
沿道を埋める小旗は激しく揺れていた。その中を 白い服
のあなたは通っていき デッキに立つと 白い手袋の手を小
さく振った。やがて 列車は動きだし 少しずつ遠ざかり
見えなくなって 空の青さだけが残った。

   (どうして あの時 わたしは
    駆けだして もう一度強く
    あなたを抱きしめなかったのか)

雨が降っていて 部屋の中は薄暗く 湿った匂いが鼻孔をかすめ
て漂っていた。建具や家具は杉天井がひっそりと佇む中 静けさ
を破って電話のベルが鳴り 手短かな伝達で話は跡切れた。内容
が一口で伝えられると 空気は一段と濃くなり 嗚咽が漏れ 慟
哭が 迸り出た。

   (どうして あの時 わたしは
    涙を流さなかったのか
    喉に溢れたものを声にしなかったのか)

雪が降っていて 灰色の空から滲み出るように ふいと姿を現し
て 揺れながら地に降りていった。昼についで夜も。 墨色の宙天
から 溢れ出る無数の星群のように 果てしもなく降っていて。
風を呼んで 吹雪になって。降り積もり降り積もる。昼も夜も。
吹き荒れ吹き荒れる。

   (どうして あの時 わたしは
    気づかなかったのか
    征く人は再び帰ってこないのだ と)

昼も夜も 火が飛ぶ 地が揺れる
空気を破り 吹雪の横断幕を裂いて
砲弾が唸り 耳を聾して
雪と土煙を噴き上げる。
樹木は焼け 裾野の雪原に
兵士たちは斃れ
間を駆け巡るあなたも散った。

雪が降る 吹き荒び 斜めに降り 渦巻いて。
戦禍の上に 兵士たちの上に あなたの上に
静けさの上に 積もり 覆って
雪が降る。

やがてまた
短い夏が来ると
あなたが駆けた裾野には 白い花が咲き
兵士が伏した辺りには 赤い実の枝がしなう。






   赤松 徳治(あかまつ とくじ)


 1935(昭和10)8月〜2011年(平成23)8月、兵庫県川西市生まれ。亡くなるまで神戸市灘区在住。

 大阪産業大学、大阪外国語大学、神戸大学、神戸市外国語大学などの非常勤講師としてロシア文学を教えながら、自詩作、翻訳の活動を。
 体調を悪くされるまでは毎年のようにロシアに渡りその変遷ぶりを、ウオッカとともに私たちに話してくれました。
 また、9+25市民の会、憲法を生かす会・灘の代表世話人、井上力後援会長など、とにかく私たちの活動にとってかけがえのない人でした。
 匕首のように鋭くて、どんなトンガラシよりも辛い「反権力精神」は、最後まで健在でした。

 敗戦の日を前にした2011年8月、赤松先生は急逝されました。平和も生活も脅かされている今の世の中、はがゆい私たちを、愛情を持ってずっと叱咤激励されました。
 「たまにやるのではなく、毎日でもデモを」という赤松先生の言葉を思い起こしながら、ご冥福を祈ります。 

■ 詩集『怒り遠くまで』(1966)、詩集『痛み遠くまで』(1979)、詩集『やさしい季節』(2004)、詩集『風を追って*雲を追って』(2005)、『赤松徳治詩集』(2011)ほか訳詩集など多数。